定期昇給制度の導入と普及
戦争直後の貧窮の時代における生活給的な賃金体系やいわゆる生計費賃金の考え方が、その普及の背景となり契機となった。敗戦後の廃墟の中で、人々は食べる物もなく着る物にも不自由していたが、わずかに残された生産設備を使ってとりあえず企業では生産活動が再開された。企業は労働者を雇ったが満足な賃金も払えない。生存費ギリギリの賃金を払うのが精一杯であった。しかし敗戦後の経済混乱の中でインフレだけは昂進してゆく。そこで従業員の生活をなんとか守るためさまざまな手当がつけ加えられた。
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そして試行錯誤の中で、それらの手当も少しずつ系統的に整理され、生計費をギリギリ賄うような賃金体系が整備されていったのである。それは必然的に家族を持って生計費の嵩む年配者にはやや厚く、若い単身者には薄い年功型の色彩を持つものであった。やがて日本経済は復興し、そしてさらに逞しく成長をしていった。経済の成長にともなって賃金も年々上昇していく事になったが、その年功型の賃金カーブないし昇給曲線はそれほど修正されず、むしろ企業の基本的な賃金モデルとして定着していった。その定着を促進したのが、従業員個々人の賃金率を毎年定期的に上昇させる定期昇給制度である。
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